卒業式の思い出

今週のお題「卒業」

 今年私の母校の大学は卒業式を中止するのだとニュースで聞きました。借りた袴はどうするの?なんてお母さん目線で思ってしまいました。ゼミ単位とかで卒業証書を渡したりはするんでしょうね。って思いながら、すっかり忘れていた大学の卒業式の事を思い出していました。

 今から30年くらい前、3月24日が確か私の卒業式でした。大学を5年行ったので、1個下の子たちとの卒業です。卒業アルバムにも写真はありません。成人式の時に作ってもらった付け下げに借りてきた袴をはいて母に着付けてもらい、髪は自分で結って、卒業式に挑みました。1人で自分で運転して、大学近くの大きな体育館が会場でした。式の後、大学に戻り、ゼミ室に集まって、教授から一人ずつ証書を頂き、卒業証明書を頂きました。そのあとみんなで食事会をしました。結局夜明けまで5次会くらいまでしたような…。

 式の途中、赴任先から電話がかかった子たちから話を聞いて、かかってきていなかった私は焦っていましたが、後から、3月の頭に赴任先の校長からかかってきた打診の電話が実は決定の電話のつもりだったことがわかり、翌日顔合わせの時間のお知らせの電話が無事かかってきました。その時、ものすごくお酒臭かったと思われるので、電話でよかったなあと思った記憶がよみがえりました。

 たいしたことない卒業式の思い出だとは言え、卒業式がないのは本当に寂しいことだなあと…。後輩の皆さん卒業おめでとうございます。4月から同じ社会人としてよろしくお願いします。進学する皆さん。学び続けられるのはとても恵まれているんだということ、期待されているのだということ忘れないでくださいね。応援します!

休校の日々

 現在職場は休校中です。生徒は来ませんが、先生方はもちろん出勤です。いつもは春休みにしている年度末の仕事を前倒しでされている先生が多いです。そのおかげで、私も仕事は前倒しです。でも、やっぱり少しゆったり仕事ができる分、いつもとは違う日々を送っています。

 私は4月に異動して初めてやることが多くて、たくさんパソコンで調べ物をしたり、プリントアウトしたりで、1年たたないうちに、ブラウザのお気に入りは荒れに荒れています。プリントもたくさん。ただ、今の職場は会議資料何かはデジタルで、必要な人はプリントアウトという感じなので、配布物はとても少ないです。これはとても素晴らしいことです。でも、私が個人的に教材研究やなんかでプリントアウトしたものが多くて、反省です。

 で、昨日は午前中いっぱいかけて、ブラウザのお気に入りを整理して、年度替わりの机・パソコンの移動(勤務校では机もパソコンも動かず、中身だけ持って新年度に移動します)に向けて準備しました。プリントや資料の整理は今日からにします。昨日の午後は図書館の書籍のラベル貼りのお手伝いです。

 休校になってからは、午前か午後はどちらか図書館のラベル貼りを手伝ってます。バーコードを印刷したのは私なので、その流れでお手伝いです。休校じゃなかったらこの余裕はなかったでしょうね。年度末は仕事に追われるのが私の役割でしょうから。半日は、毎年作っている「時間がやったらやりたいこと」リストからチョイスしてやってます。

 毎日教材研究が納得いくまでできるわけではなく、自分の知的好奇心もあって、十分に時間をかけられないことがあったり、数年後の自分のためにやっておくべきことに突然気付いたりしたときに、リストに書いています。休校のお陰で、少し例年よりもたくさんそのリストがこなせていますね。ピンチをチャンスに変えてますか(笑)

昨日の公園で

 コビットのお陰で、長女が楽しみにしている週末のダンスやフライングディスク・テニス・水泳・ボーリングが今月いっぱい中止になりました。

 運動不足の長女と気晴らしと、5月の国体予選の練習のために自宅前の公園にフライングディスクを片手に散歩に出かけました。子ども達がたくさんいたらちょっと練習できないかもなあって思いながら。

 3分も歩けば、空港前のひろーーい公園に到着します。誰にも会わない…。公園にも誰の影もない。夕方5時、まだまだ明るかったのですが、子どもたちは帰っちゃったのかな。公園の隅には20人くらい竹刀を元気よく振る集団が…。道場では練習ができないんでしょうね。子ども達が元気な掛け声とともに練習をしていました。いつもなら家族連れがまだいてもいい頃だと思うんですが…。

 私の住む山口県でも先週罹患者が出ました。しかもお隣の市です。警戒しますよねやっぱり。午前中に娘たちと買い出しに出ましたが、ほとんど人がいない。なんだかゴーストタウンみたいです。小学生も罹患しているので、心配ですね。

 我が家では、毎日朝起きたら体温を測る習慣が復活です。長女が小さい頃はずっとそうでしたが、3月に入って長女がお世話になる施設で毎朝測るように言われたそうで、ついでに家族も測っています。ちょっと安心。そして、私と娘たちは酷い乾燥体質なので、加湿とこまめな水分補給を日常的に気をつけています。ウィルスは乾燥を好むとか…。乾燥すると咳も出ますしね。後は手洗い消毒。アレルギーでマスクのできない私と娘たちは咳き込むわけにはいきません。

 次女は、卒業旅行に行く予定だったディズニーもUSJも韓国も行けず、3月中に日帰りでいいから友だちと卒業旅行に行けないかと思案しているようですが、どうでしょうかね…。かわいそうですが難しいでしょうね。

次女のオリンピック・パラリンピック参加が決まりました♪

 コビットでオリンピック・パラリンピックが実施されるのかどうか…なんていわれている最中、我が家に待望のメールが届きました。かねてから申し込んでいるオリンピック・パラリンピックボランティアに正式採用が決まり、フィールドキャストとして、テニスの案内のお仕事をすることが決まりました!というメールです。

 活動の場は有明テニスの森?どこだかよくわかりませんが、テニスは注目競技でもあるので、ワクワクします。次女は中学時代にソフトテニスの経験はありますが、テニスは初めてでちょっと驚いています。第1希望の野球ではありませんでしたが、頑張るみたいです。

 これから、宿泊先を考えなければいけません。ユースとか考えているんですけど難しいでしょうね。従妹を頼ることになると思います。私の友人も協力してくれるかなあ。無事にその日を迎えるまで、全力でサポートするのが、ボランティアに落選した母親の私のせめてものボランティアです。

うるう年とオリンピック

今週のお題「うるう年」

 4年に1度うるう年が来るものだと思い込んでいた私は、4で割れさえすればうるう年だと思っていました。教員になって、利子の日割り計算を教えたりするときに、例外として100の倍数になる年の中で400で割り切れない年は平年というルール―を知りました。2100年はうるう年ではないんですね。生きてないかな。

 うるう年は、ねずみ年と申年と辰年なので、私の妹たちは2人ともオリンピックの年の秋に産まれています。母はメキシコとミュンヘンオリンピックを大きなおなかで見ていたんだろうなあ。ということは私も見ていたのかなあ。私がオリンピックが大好きなのはそのせいかなあ。記憶に残っているのは、ミュンヘンの次のモントリオールからですけどね。

 2020年予定通り東京のオリンピックが終わると、次の2024年はパリ、2028年はロサンゼルス、2025年に2032年のオリンピック開催地が決定するそうです。韓国と北朝鮮の共同開催なんていう話もありますが…インドネシアも立候補している…。まだまだ立候補ありそうですね。

 とにかく東京2020が無事開催されて盛り上がることを楽しみにしています。

うるう年の思い出

今週のお題「うるう年」

 私にとってうるう年は大好きなオリンピックの実施される年で、妹二人は申年とねずみ年なので、うるう年産まれで…このくらいの接点しかなく、何となく2月29日生まれの人って少ないんだよな、いいなあなんて暢気なことを考えていたりしていました。

 大学に進学し、2つ上の先輩が2月29日生まれということを聞いて驚きました。先輩はうるう年じゃないときは3月1日に誕生日のお祝いをしていると言っていました。すらっと背の高いかっこよくて面倒見の良い素敵な先輩でした。でも、先輩は21歳で亡くなりました。急性アルコール中毒でした。たった4回しか本当のお誕生日が祝えなかったんだなあ…。偶然先輩が亡くなる直前、飲み会に行く前にすれ違い、「こんにちわ」ってあいさつを交わしたのに、その数時間後に亡くなったと知らせを受けました。19歳の私には衝撃的で、しばらくつらかったのを思い出します。

 うるう年の2月29日が来るたびに先輩のことを思い出します。

うるう日にしたいこと

  2月29日を迎えるのは、14回目です。1日余計に過ごせる日ですが、今年は何をしていたかというと…。

 翌日が次女の卒業式ということで、コビットにおびえながら、デパートにお買い物に行きました。泣いたとき用のとっておきハンカチを次女と私と旦那さんの3枚。ここぞというときに使うとっておきのハンカチは、冠婚葬祭時にも迷うことなくチョイスできるため我が家では重宝します。今までは夫婦だけでしたが、今回は次女にも普段は買わないだろうなあと思われる高級ハンカチを買いました。ここぞ(どんな時かなあ)というときに使っていただきましょう。次女はなぜか高価な卒業式用靴下も買っており、ハンカチ3枚と紺の靴下1足でなかなかの金額となりました。いつも3足980円とか正月のつめ放題の靴下を愛用している私はちょっと納得いきませんが…。一生履いてね(笑)。

 次女の入学式のスーツは、あちこち試着して回った結果、彼女のリーズナブルな体型のお陰か、イオンのとてもリーズナブルなスーツを購入したのですが、彼女のこだわりで、シャツは「キム秘書はいったい」という韓ドラのパク・ミニョンさんのイメージで、「キム秘書みたいな棒タイのシャツが着たい。」とかれこれ3か月探した結果、なかなか見つからず、29日にデパートに来たわけです。で、ようやく見つけ購入しました。

 14回目のうるう日はコビットと次女に翻弄された1日でした。