祝!1800アクセス!! 「最近気になったニュース」

 祝!1800アクセスです。パチパチパチ! 恒例のスロットで、また「最近気になったニュース」がでました。

 2月14日世の中バレンタインデーで沸きあがる日の夕方、なぜか文部科学省から次の学習指導要領の高校編の案がお披露目されました。噂では昨年末かなあとか、年明け早々かなあとか言われていたみたいですが、2月14日でした。これからパブリックコメントとかを受けて、解説とかされていくみたいです。

 私は、情報と商業を担当しているので、小学校でプログラミング教育が取り入れられることもあって、高校でどんな風に取り組めばいいのか?折角の好機をどう活かせばいいのかワクワクしています。というのも、今の学校に来たときは、総合学科なので、選択科目の中に「プログラミング」というなぜか工業の科目があり、C言語を教えていました。でも、どんどん希望者がいなくなって、とうとう開講できなくなってしまいました。今は、他の授業で、プログラミングの楽しさを伝えるために、スクラッチとかドリトルとかを「やってみよう!」くらいの感覚でやってます。あープログラミング教えたいよ~。

 昔は人気だった近所の情報処理の学科も定員割れを起こすようにもなっていて、プログラミングは難しいっていう印象が強いのか、何だか寂しい思いを募らせていたところが、小学校でのプログラミング教育の話です。

 私は、もともと色々なことをきっちり理解したいタイプです。スポーツにしても遊びにしても、才能があるタイプではないので、きっちり理論で固めて実行するのが性にあっているんです。統計学とか経営工学を大学で好んで学んでいたのもその性です。プログラミングが好きになったのも、理論立てて、組み立てていけば、思うような動きをしてくれるところなんだと思います。天性のものがある人はひらめいてプログラムが組めるのかなあ?私はたくさんのプログラムを作ったり、見たりして、バグ取ったりして、じっくり腰を落ち着けて、パターンを身につけ展開していく感じです。

 日本のこれからのプログラミング教育に関しては、いろいろなメディアでも取り上げられていて、私も興味深く読ませてもらっています。プログラミングの好きなおばさんは、今まではちょっと変わった目で見られてましたが、最近は重宝がられます。いやーやっといてよかった。本当に。高1の次女にもプログラミング教えてほしいとせがまれているし!

 これからも日々精進して、プログラミング大好きな子ども達に1人でも多く会いたいものです。

 

猫アレルギーだけど

今週のお題「ねこ」。これは書けないなあ。お題で書くとアクセス数が伸びるし、テーマ決まってると書きやすいので乗っかるようにしてるのですが…。

 私が猫アレルギー(犬もです)だとわかったのは、ラテックスアレルギーの検査のとき、「10個調べられますよ~」とお医者さんに言われ、アレルギーでぐったりしたいた私は、「昔診断された「エビ」と「ラテックス」の他はお任せします。」と言うと、先生が他は適当にチェック入れて、検査にまわしてくださいました。2週間後、検査結果を見てびっくりですよ。アレルギーの強さ?がグラフみたいになってるんですけど、犬猫のところが振り切ってました。

 先生もびっくりです。「今まで気づかなかったんですか?」と言われ、「いや~動物嫌いだなあとはずっと思っていました。全く近くにいけないし、触ったこともないです。」と私。「無意識のうちに避けていたんでしょうね。」といわれました。「動物園に行っても、息苦しいくらい臭くて、どうしてみんなは大丈夫なのか不思議でした。」というと、「まあ。かなり重症ですね。」と先生が半笑いで…。

 でも、アレルギーだとわかってからは、ちゃんと「アレルギーなので」ということで、動物好きの人たちとの軋轢(あるのか?)も避けられるし、動物園とかも行かなくてすむので、よかったです。

 動物が苦手なのは実は私だけじゃなく、主人もなんです。鶏が怖くて通学路を進めず、家に戻ってきたらしい…。子ども達は動物好きだといいなあと思ったんのですが、無理でした。当たり前ですけどね。でも、志村どうぶつえんとか、テレビで動物を見るのは子ども達は大好きです。距離があれば大丈夫みたいです(笑)。私もテレビで見るくらいはかわいいなあと思いますけどね。

 猫は…。ちょっと無理ですね(笑)。キティーちゃんやマリーちゃんより、マイメロちゃんやチップとかでしょうか。

次の冬のオリンピックは?

 2022年。次の冬のオリンピックは北京です。つまり、2018年冬が韓国で、2020年夏が日本で、2022年冬が中国というアジア並びです。2024年夏はパリで2028年夏がロサンゼルスなのですが、2026年の冬が今年9月に決まります。札幌が名乗りをあげているのですが、アジアが続きすぎているので、ちょっと大変かもしれませんね。個人的には猛プッシュです(笑)。まあ、そうそうたる国ぐにが名乗りをあげているので難しいかな…。

 今回の平昌オリンピックも、2020年の東京オリンピックも、そのイベントのために施設とか交通インフラとか整えられて、いい面もありますが、資金面やオリンピック後のこととか考えて、立候補を断念するところもあります。

 私が訪れたドイツのハンブルグがそうでした。私が訪れたのは、2015年11月でした。街にはところどころにオリンピックマークらしきイラストのついたポスターが貼ってありました。そのポスターについて、通訳の方に聞いてみると、「2024年。東京の次のオリンピックにドイツがハンブルグを推しているんだけど、住民が資金面が不安だから乗り気じゃないの。」と言われました。オリンピック大好きの私は、いいオトナなのに、そこまで資金面のことを考えていませんでした。いい面ばかりを見よう見ようとしていたなあと反省しました。でも、「ハンブルグでオリンピックが実施されたら、必ず見に行くね!」と約束してハンブルグを後にしました。

 結局、11月末の国民投票で、僅差で誘致しないことに決まりました。ドイツはその前のミュンヘンへの2018年冬季五輪の誘致も資金面を心配する市民の理解が得られず招致を断念していて、お国柄なんだなあと思いました。案外私ってお祭り好きなんだなあと、自分を再確認したりして…。

 今回平昌オリンピックに行かなかったことをとても後悔しています。1日でも行けばよかったなあ近いのに。私は1988年のソウルは1週間見に行って、いろいろ貴重な体験をしました。その経験を子ども達にもさせてやりたかったなあ…。

表彰されたことはありますが…⑤

今週のお題「表彰状」

  大好きな冬のオリンピックに毎日ワクワクが止まらない私ですが、オリンピックは夏でも冬でもほぼ日刊イトイ新聞の「観たぞ、オリンピック!」シリーズを楽しみにしています。もう10年以上のお付き合いですが、今回初めて投稿しました!このブログを始めてから少し文章を書くのに慣れてきた気が…(気のせいですね(笑))。

 で、取り上げていただき、つい先日アースボール賞という賞をいただきました。パチパチ。嬉しいものですねこの年になってこのような栄誉ある賞をいただくなんて。副賞にアースボールが贈られます。もうすぐつきます。嬉しすぎる!

で、アースボールってこんなのです。

ほぼ日のアースボール 直径約27cm 非フタル酸系塩ビ製

 ビーチボール型の地球儀なんですね。アプリと連動して、いろんなことができるらしく、仕事にも活かせそうです。社会科の先生に自慢しようっと。

 

表彰されたことはありますが…④

今週のお題「表彰状」。一番嬉しかった表彰について書いてみたいと思います。

 私は、小学校のときと大学のとき混声合唱をやっていました。大学では、毎年中国大会はもちろん全国大会での入賞を狙って、運動部並みの筋トレや走り込みをしていました。ボイストレーナーのとても美しい先生に足蹴りにされたときの腰の痛みは今でも忘れません(笑)。

 大学1年のとき、初めて県の大会に参加して、審査員に「ゴールド金賞!」と最後に言っていただいたとき、今まで感じたことのない胸の震えを感じました。そして、中国大会では、審査結果を聞いていては今日中に帰れないからと、上層部を残し、平の私たちは先に駅へ…。走って追いついてきた先輩から、「金だ!全国だ!」って聞いたときは、初めて嬉しくて人に抱きつきました。全国大会でも入賞しました。

 翌年、もっと上を…そう考えますよねやっぱり。私はもともと歌がうまいわけではなく、楽しく歌いたいという気持ちがとても強くて、人に聞かせるというスタンスがどうしても自分の中に取り込めなくて、だんだん技術に走っていく部の運営に戸惑い、楽しくなくなってきました。でも、県大会でも中国大会でも金をいただき、2年連続で全国大会に行けたことはとても嬉しくて、特に全国大会で歌ったときは、客席の一人ひとりが本当にはっきりと見えて、歌いきったという満足感でいっぱいでした。結果は、全国第2位。快挙です。今思えばもの凄く手ごたえありました。客席のみなさんが感動してくれているという実感が。

 あのときの経験が、部活動での指導にとても役立っています。全国で貴重な体験をさせてあげたい。私がそうであったように、胸躍るような、ワクワクする思いを経験させてあげたいと思って文化部であれ、運動部であれ指導し、声援を送っています。もちろん全国の壁はそうそう越えられるものではないけれど、努力するだけの甲斐は絶対にあると思うんです。

表彰されたことはありますが…③

今週のお題「表彰状」。

 長女は金メダリストです。凄いでしょ!

 長女は小1の冬から知的障がい者のスキーを始めました。ダウン症である長女は筋肉が柔らかくてぐにゃぐにゃ、とてもスキーに向いているとは思えませんでした。でも、その年の秋からやはり知的障がい者の水泳プログラムに参加し、体を動かす楽しさを覚え始めていました。私も主人もスキーが好きだったので、軽い気持ちで見学に連れて行きました。どうやら長女は雪やスキーが気に入ったようでした。それからシーズンに多いときは7~8回、最低でも2~3回はスキーに家族で行く様になりました。コーチの方々の粘り強い指導のお陰で、小学校を卒業する頃には、自分でスキーの支度をして、リフトに一人で乗ってファミリーゲレンデで滑れるようになりました。

 そんな長女が3年前、障がい者スキーの全国大会に出てみないかとお誘いを受けました。私も主人も「そんなの無理無理」と思っていましたが、本人が「金メダルがほしい」と言い出しました。まあ何事も経験だと、新潟県で開催された全国大会に参加し、長女は生まれて初めてポールを目印にターンしました。初級中の初級のランクですが、一番南から参加した長女が金メダルを獲得し、表彰台の一番高いところに立ったのです。

 障がいのある娘を産んだ日、こんな日が来るなんて思ってもみませんでした。何度も命が尽きかけていた長女が金メダルを手に、市長や県知事の元にメダルを見せに行きました。

 実は今日はスキー場でスラロームの練習中です。4年に1度の全国大会を目指し練習中なのです。今度は1つ上のランクで金メダルを目指し、世界大会に出場するのが長女の夢です。

 平昌オリンピックが終わるとパラリンピックが始まります。頑張るアスリート達の姿を長女と一緒に応援して、しっかりイメトレしたいと思います。

表彰されたことはありますが…②

今週のお題「表彰状」。

 私の勤めている県の公立高校は全て3月1日が卒業式です。いつからなのかよく分かりませんが…。私は確か3月10日が卒業式でした。

 私は2クラスある商業科の代表として卒業式で卒業証書を受け取るという大役を任されることになりました。私の両親、特に父は私が100点を取ろうが資格試験に合格しようが、大学に合格したときでさえ褒めてくれた事はありません。一度も褒めたことはありません。18歳の私は、卒業式の日に父を驚かせようと、総代(代表で証書を取りにいく)になったことは内緒にしていました。18歳にして初めて褒めてもらえるかもという淡い期待を持ちながら…。

 結局父が褒めてくれることがありませんでした。でもきっと喜んではくれていたと思います。そう思いたい(笑)。

 両親は、すぐに調子に乗る私の性格を知っていて、あえて褒めなかった…訳ではなく、兄弟全員褒められたことはありません。でもそういうもんだと思っていました。この仕事について、「褒めて育てる」という言葉を聞いたとき、頭の中は「???」でした。親に褒められたくて、先生に褒められたくて勉強したり運動したりしていなかったので、褒められなくても何とも思いませんでしたが、褒められたらもっと伸びていたのかもしれないですね。それは分かりませんけど…。