家族旅行でどこがおすすめ?って聞かれたらなんて答えよう…

 もともと、体の弱かった長女と少しでも多くの思い出が作りたくて、毎年GWと夏休みに遠出をしていた我が家ですが、かなりいろいろな場所に行ってきました。知人からはどこがよかった?って聞かれることも多いのです。

 私個人は、アドベンチャーワールドを核にした紀伊半島の旅が一番のお気に入りです。あのパンダがウジャウジャいる風景はぜひ見ていただきたい。でも、山口からだと行くのは大変です。車で行くのがベストですが、大阪まではフェリーで行くとか、新幹線で行って、あとは是非車で行って欲しいなあ。

 私たちは、「とれとれビレッジ」っていう丸いコテージに泊まりました。実はこの丸いコテージは阿蘇ファームランドにもあって、子ども達は大好きなんです。値段も手ごろですし。食べるものがとても美味しいんですね。和歌山、南紀白浜にはコテージや貸し別荘もいろいろあるのでいいですよ。1年前からとっておくのがおすすめです(笑)。ここを基点に、伊勢志摩にも行きました。鳥羽水族館伊勢神宮は絶対に行きたかったし。伊勢志摩のコテージや貸し別荘もいいですね。子どもが小さいうちは、ホテルよりもコテージや貸し別荘、民宿、サイクルステーションなんかが安いし、ワイワイできていいです。とにかく1年前から2ヶ所くらい予約とっておきます。取れないときは、逆に1ヶ月前とか1週間前とか前日や当日が取りやすかったりします。諦めずにチャレンジしてみると取れることもあります。取れなかったら我が家は道の駅で車中泊なんてこともありますが、夏休みは大変なので、少しはなれたところで泊まる事もありました。キャンプしたり。

 紀伊半島の旅は、海に面しているので、ロケーションもいいし、食べるものが本当に美味しくて、忘れられません。ただ、交通の便を考えると、2度も3度も行けるかなって考えちゃいます。だからこそ、子どもが小さくて、車の移動が楽なうちがいいかなあと思います。たくさん動画や写真を撮っておいて、大きくなったら振り返れます。

暑い夏にサッポロ雪祭りの話はいかがでしょうか?

 私は、札幌生まれです。両親は佐賀県出身なのに、山口県に住んでいるのに。父が自衛官で、初任地が北海道だったからなんですね。私の小さい頃の写真は雪にまみれたものが多いのですが、3歳の時には山口県に越してしまったお陰で、生まれは札幌でも自分自身はあまり覚えていません。そんな私の夢は長い間、家族みんなでサッポロ雪祭りを見に行くことでした。

 夢がかなったのは、今から10年前でした。最初は私たち夫婦と子ども2人の4人で行こうと思っていたのですが、北海道なら私の母や妹も誘おうということになり、じゃあ義父母もとなり、何だか叔父さん夫婦や家族も行くことになり、総勢13人で行くことに。南国?山口県に住む我々にとって、サッポロ雪祭りに行くというのは、あこがれ以外の何物でもないんですね。何だか異様な盛り上がりを見せていく訳です。

 切符の手配や旅程案は先生だから慣れているだろう(なんで??)と私の担当になりました。これはちょっとした僻地の中学校の修学旅行みたいな感じです。旅のしおりも作って、集金して…。でもかなりリッチな旅行ですから、総額100万をゆうに越える現金を手に契約に行ったときは、ちょっと緊張しましたが、無事当日を向かえ、とても楽しい旅行でした。雪像を見ては声をあげ、雪の滑り台で大はしゃぎ、ペンギンについていって…。今でも、法事のときなんか、また大勢で旅行に行きたいねえと言われます。

 朝一番で山口から東京経由で千歳空港へ。2泊3日で、雪祭り旭山動物園はみんなで、半日は小樽に行くグループと札幌市内観光をするグループに分かれ、宿泊は温泉でという要望をかなえる旅程を組んで、美味しいものをたくさん食べてと、下調べは大変でしたが、天候にも恵まれて、予定通りすすんだ旅行でした。例えばちょっとしたトラブルも、参加者が娘2人を除けばみんな大人っていうかおじさんおばさんですから、臨機応変。そして美味しいものや楽しいものにお金を使う事を厭いません。夕食はホテル食は1日だけ、あとの1日は、旅行会社の方に予約しておいていただいたおしゃれでおいしい居酒屋で、好きなものをバンバン頼みました。まさに金に糸目はつけず…あれは楽しかったなあ。

 その後今度は、当時独身で来ていた従兄弟に可愛い子どもが生まれ、海外にも行きたいという事で、グアムを計画したのですが、予定が合わずあえなく断念。でもまたいつか大勢でわいわい行ってみたいです。今度は15人くらいのなるのかなあ?

 

#思い出の家族旅行

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ブログも夏休み?

 申し訳ありませんでした。なんの前触れもなく、出張からの夏休みで1週間くらいブログをお休みしてしまいました。家族サービス(サラリーマンのお父さんみたい)して、ゴロゴロしてました。

 お休みの内訳は、前半が県内と富山への出張。後半は夏休みで家族でゴロゴロでした。私の実家と広島のアウトレットに行ったくらいで、遠出もせず、こんな夏休みは我が家では初めてです。主人は大いに不服そうです。全て次女の部活が原因なんですが、私は諦めていますけど。年末は遠出をすべく、計画中です。

 さて、思い出の家族旅行。私の実家で長女がとても楽しみにしているのが、VHSをDVDに焼き直した小さい頃の旅行のビデオを見ることです。私の夏休みに合わせて、娘たちにとっては叔母である私の妹と、もう一人の妹の息子、つまり娘にとっては従兄弟を連れて、5人だったり、主人がいて6人だったり、妹夫婦がいて7人だったり、母や父がいてもっと大勢だったりと毎年人数は違うのですが、毎年旅行に行っていました。高知のアンパンマンミュージアム阿蘇ファームランド志賀島ハウステンボス…。今は大学生の甥っ子が一緒に来てくれなくなるまで(笑)長女とは学年は1つ上ですが、歳は同じ甥っ子が3歳から、10回くらい続いたでしょうか。

 ビデオをすっかり覚えてしまうほど見ている長女は、楽しかった旅の思い出をしつこいくらい語ります。辛抱強いわが妹は相槌を打ちながら一緒に見ています。家族4人だけで行く旅行も楽しいけれど、我が家は親戚も巻き込んで大勢で行く旅行が更に好きです。書きたいことが山ほどあるので、また書きますね。

Congratulations on your 1st anniversary♪

 いやーめでたいです。1年経ちました。1年前の8月14日。私は当番だったんですね。今年から13日から15日は閉庁になったため、お盆の出勤は原則的にはないのですが、昨年は巷で言うお盆のど真ん中に当番があったっていました。閉庁ではないとはいえ、年休をとってお休みされる先生方の多い校内はガランとしています。モチベーションが上がりません。そんな中、文書の練習にと始めたのがブログでした。

 あれから1年。275日の投稿日で、投稿数は300、2800を越えるアクセスをいただきました。ありがたいことに24人の読者の方を中心に520スターいただいています。

 1年は続けてみよう。そう思い、はじめたブログですが、当初目的であった文章の上達という目的は道半ばではありますが、文字をつむぐ楽しさはもう十分に味あわせていただいています。自分の思い出や生き様をゆっくりと思い返すよい機会となっています。主人や娘達との思考の行き違いや、仕事上でのいろいろもブログにぶつけたりなんかもして、これは想定外だったんですが、助けられている気がします。

 さて、2年目。一方的に書き続けた1年でしたが、コメントもいただいたりして、ブログってコミュニケーション取れるんだと、感激したりもしましたが、2年目はもう少しコミュニケーション取れるようにもなりたいですね。って人見知りの私です。

 最後に、24人の読者の皆様。そして、通りすがりに読んでくださった皆様。私のつたないブログが1年を迎えました。はてなさんから通知もいただき、お祝いのコメントもいただきました。皆様ありがとうございます。まだまだ厳しい暑さが続きます。お体御自愛ください。私も頑張ります。

初めてネットサーフィンをした日が思い出せない。

今週のお題「わたしのインターネット歴」

 仕事柄、1日中コンピュータに接し、かなりの時間をインターネットとともに過ごしている私ですが、初めてインターネットをつないでサイトを見たりしたのはいつだったんだろうか…。考えても考えてもよく思い出せません。ただ、長女が生まれた1998年にはかなりヘビーに使っていて、1996年の夜間大学への編入試験の際はインターネットで情報を仕入れていることから、1995年か1996年あたりで、モデムを購入し、電話につないでインターネットを楽しみ始めたと思われます。仕事では平成元年、1989年にはまだインターネットにつながっていなかった勤務校ですが、5年後の転勤する頃には、つなぐことができるようになっていました。転勤した勤務校は先進校で、先輩方にはインターネットを既に活用されている方もいて、いろいろと教えていただき、導入した感じですね。

 あーいろいろ思い出してきました。自宅でインターネットをできるようになって、楽しすぎて気がついたら3時だったなんてこともあったりして、お金も当時はかなりかかってましたね。平成17年、2000年に情報の免許を通信制大学でとる頃には、ネット授業で単位が取れたり、レポートもメール添付だったりと、10年しないうちに我が家のインターネットの環境は大きく変わりました。

 現在の我が家は、wifiで家のどこでもインターネットが楽しめます。今朝家のソファーでアマゾンで注文した本は夕方には家に着いて、今晩には私が読んでしまうんですね。そして書評を入力すれば、今日中にネットに公開できるんですねえ。普通の田舎に住んでいるおばちゃんがインターネットを満喫しております。ありがたいことです。

インターネットが私の心を救った

今週のお題「わたしのインターネット歴」

 何度か書いたように、我が家の長女はダウン症です。無知な私は、1998年の出産当時、「ダウン症」と言う言葉を聞いたときに知っていることほとんどがありませんでした。ただ、どんな障がいがあっても娘を育てていく覚悟はあったものの、何の知識もなく、不安しかありませんでした。すぐさまインターネットで「ダウン症」と検索し、同じ県内で同じ頃に同じダウン症の子どもさんを出産した人とつながることができました。今でもその家族とはつながっていて、同じような悩みを同じような時期に解決してきた、同志のような存在です。インターネットを通じて、先輩ママに教えていただいたり、オフ会でいろんな情報を仕入れたりと、インターネットなしでは私の子育ては成立しませんでした。

 生徒に情報を教える立場として、顔の見えない相手に何でも話すんじゃないよ!って教えている訳ですが、当時の私は、実名で、藁にもすがる思いで同じ障がいを持つ子を持つ家族とつながって、情報を得たいと思っていました。

 あのつながりがなかったら、私はたぶんかなり孤独で、今のようにおおらかに長女の成長を見守ることはできなかったんじゃないかなあと思うのです。もちろんここでは書きたくないような、酷い書き込みに傷ついたこともありますが、それ以上に励まされたり、教えられたりしたことが多くて、インターネットのありがたさを身にしみて感じている私です。

東京医大の女子減点のニュースを見ていて思ったこと

 んー女子だけ減点っていうのは、同じ女子としては、許せませんが、合格者の男女比の調整は昔は普通にありましたよね。

 私は中3の進路相談で、「男子ならボーダー180点だけど女子だから200点ないとね。」って言われて、模擬で199点だったので普通科を諦め、商業科を受けたんですね。なんで男女で点数違うんだよ!って思いながらも、女子高もあるから調整されてるんだなあなんて思っていたんですが…。入学してみると、普通科は男子5・6人に女子1人の割合でした。だから、名前はさすがにわかりませんが、顔だけは女子はみんなわかる感じでしたよ。今は、県内の共学化もすすんで、男女の調整はないと思います。

 勤務校は15年前は40人クラスに男子が10人いれば多いほうでしたが、今は半分半分です。いろんな理由があるんでしょうが、男子のほうが(特に中学までは)勉強しない子が多いせいもある気がします。女子のほうが成績がいい子が多いっていう全国的な流れは、そうだねって感じです。でも、伸び代は完全に男子が大きいです。自分の伸び代に気付いて努力できた子は、中学の先生が驚くような進学先に進学したりっていうパターンに女子はほぼいません。

 筆記テストだけでは、なかなか伸び代測ることは難しいと思いますが、選抜に工夫をして、現時点だけの点数だけじゃなく、優秀な人材を育てて欲しいと思います。

 お医者さんって、女子がやるにはやっぱり大変な仕事だと思います。長女が入院していたとき、担当医の先生は大学の同級生で、男の先生でしたが、クリスマスもお正月もなくて、夜も遅くまで様子を見に来てくれて…。家にいつ帰ってるんだ?って思ってました。もう離婚されちゃうんじゃないかと心配になるくらい(笑)。次女が生まれたとき、この子がどんなに賢くても、お医者さんにはさせないって思ったものです。真面目にやればやるだけ婚期逃すし、子育て難しいでしょうって思いましたから。たくさんの医師を雇ったり、ワークライフバランスを考えた雇用なんかが実現されるといいと思いますけどね。

 とはいえ、女医さんが増えることは、女としては嬉しいです。医師がイケメンだと診察でドキドキしますからねえきっと(私は経験ないけど)。女医さんだとなんだか嬉しいですから私は。