懐かしいもの⑶

今週のお題「懐かしいもの」

長女は自分の小さい頃の映像を見るのが大好きです。

小さい頃は何かあるとホームビデオでその様子を動画に納めて、家族が集まった時にそのビデオをテレビで見ながら、母の料理を食べたり飲んだりするのがお決まりだった実家の年末年始やお盆だったのですが、子どもたちも大きくなり、父がなくなり、家族が集まることもだんだんなくなりました。

もちろん、ビデオも撮らなくなり、スマホでちょっと動画を取るくらいになりました。そんな中でも、長女は昔の懐かしいビデオを見ては、同じ場所で笑い、突っ込みを入れて楽しんでいます。また、そんな娘を祖母である母や叔母である妹もうれしそうに見ています。長女のために、妹がビデオをDVDにして、いつまでも長女が動画を楽しめるようにしてくれたのが、5年位前になるでしょうか。

ということで、今でも実家に帰るたびに、そのDVDを見ている長女なのです。わたしもついつい「懐かしいねえ」って見ちゃいます。

懐かしいもの⑵

今週のお題「懐かしいもの」

わたしの母は若い頃、今でいう表参道のブティックでお針子と販売員をしていたらしく、結婚して札幌に行くまでは、流行の最先端に触れていたらしいです。わたしの知る母は流行なんて何のそのの普通のおばちゃんだったのですが…。

しかし、その一端は、小さい頃のわたしの洋服に現れています。母はよくわたしの服を手作りしてくれました。そして、その服がとてもかわいくて、用もないのにその服を着てお出かけしては、「まあかわいい服(あくまで服です)」と言われるのを楽しんでいたようです。特にお気に入りだった青いワンピースは、当時の写真と一緒に実家の倉庫にまだ保管されています。今から50年以上も前の服ですが、まだとてもきれいです。

わたしも、子どもたちの服をよく手作りしていたのですが、母のように上手ではありません。50年も残すほどの服はありませんが、今でも残しているのは、姉妹おそろいで縫ったアンパンマンの浴衣です。小さな衣文掛けに掛けてウォークインクローゼットの隅に置いてあります。いつか孫でも出来たら着せてみたいものです。「懐かしいねえ。あんたのお母さんが着てたのよ~。ばあちゃんが作ったのよ~。」なんて言いながら。

懐かしいもの⑴

今週のお題「懐かしいもの」

懐かしいものと言って一番に思い出すのが、NHK少年ドラマシリーズですね。特に「なぞの転校生」は大好きでしたね。

バロムワンに変身していた高野さんっていう俳優さんが出ていて、毎週楽しみに見ていました。戦隊イケメンの元祖って感じです。眉村さんの原作もよかったのです。NHKのアーカイブで見ることができたので、少し前に見てみました。懐かしくてちょっと泣けてきました。

haohao長女から尊敬される

今週のお題「懐かしいもの」

最近バラエティで、世代別のイントロクイズとか、ランキングとかやっていますよね。長女は歌番組が大好きなので、時々一緒に見ることがあります。

ずっと音楽ばかり聴いていたので、昭和世代のイントロクイズやランキング番組で出てくる曲は全曲歌えるわけです。長女が「お母さんすごいねえ。全部歌えるんだねえ。」と羨望のまなざしでわたしを見ます。あまり褒められなれていないわたしは、素直に喜べず、「そんなことないよ。Mちゃんもいっぱい知ってる曲があってすごいねえ。」と話をはぐらかします。しかし、内心は「でしょう?」ってかなり誇らしげです。

歌っていいなあ。

ラジオに励まされた日々

教育実習での生徒との出会いがきっかけで教員となったわたしは、圧倒的にその道の教養が足りませんでした。来る日も来る日も教材研究で、自転車操業のような授業で、毎日生徒に申し訳ないと思っていました。ただただ懸命に日々を送り、「やっぱりきちんと勉強しよう!」と、異動し、夜間の大学に通うことにしました。

実は父は定時制高校を卒業していて、わたしが夜間大学という道を考えた大きなきっかけでもありました。相談すると大反対されました。実際に通った本人だけがわかる大変さを父は伝えたかったのだと今ならわかります。

結局通い始めたわたしですが、5時40分からの授業に駆け込み、9時過ぎまで講義を受け、朝3時に起きて勉強する毎日は、とても孤独で、でも仕事柄途中で放り出すこともできず、勉強もだんだん難しくなり…。なぜだか夜8時ごろに必ず眠くなるし…。

その頃は通勤時間や、職場から大学までの移動の30分の間FMラジオを聞いていました。ハガキじゃなくてメールで投稿できるようになっていたので、ちょくちょく投稿するようになり、毎日のように読んでもらえるようになりました。その時のラジオネームがhaohaoだったんですね。

しんどかった時、ドリカムの「決戦は金曜日」を夜間大学に通っているというメッセージを添えてリクエストしました。「すごいねえ。頑張って。応援してるよ。でも体に気をつけてね。」と言ってくれたDJさん。今でも感謝しています。あの励ましなかったら、金曜のテストダメだったかもです。

ラジオパーソナリティを目指した日

今週のお題「ラジオ」

中・高とラジオ漬けだったわたしは、実は小・中と放送部だったのです。ですが、わたしはもっぱらアナウンサーではなく技術さんの立ち位置でした。とは言え、NHKさんの実施してくださったアナウンス教室に行かされたり、時には原稿読まされたりと、放送する楽しさもたくさん知っていたわけです。

そんなわたしは、大学1年生の時、ふと目にしたFMラジオのアシスタント募集に応募してしまいました。ハガキのより分けとかしたいなあと軽い気持ちで。申し込む人が少なかったのか、1次通過し、放送局に呼ばれ、ハガキを初見で読まされました。緊張するとか難しいとかそんなことは全くなく、普通に読んでしまいました。そうフレッシュさが全然なく!もちろん合格しませんでしたが、楽しかったです。

あの時気合をちゃんと入れて、かわいく読んで(笑)合格していたら、ラジオとの付き合い方ももっと変わっていたのかもしれません。

ラジオ漬けだった毎日

今週のお題「ラジオ」

中・高校生時代、70年代後半から90年くらいまでは、本当によくラジオを聞いていました。「RKBベスト歌謡50」という日曜の午後5時間ぶっ続けでランキング形式で音楽を流す番組です。林幹雄さんっていうDJさんが50曲全曲オンエアする番組で、わたしはそれを聞きながら勉強してました。そう、毎週日曜に5時間勉強していました。1週間の復習と、月曜からの予習をしてましたね。全く苦じゃなかったです。お陰様で成績は良かったです。親も、勉強しているのを知っていたので、ガンガンラジオかけていても何も言いませんでした。

そのせいで、すっかり音楽や人のしゃべりを聞きながら勉強する癖がついてしまい、受験勉強は、オールナイトニッポンを聞きながらやってました。

教員採用試験もそう。1か月という短期決戦ではありましたが、ずーーーっとラジオを聞きながら1日中勉強をしていました。

試験中、思い出せなくて苦しんでいたら、その語句を覚えていた時流れていた音楽がふと思い浮かんだり、DJさんのお話を思い出したりして、解答欄を埋めることができたりしたものです。